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山口地方裁判所下関支部 昭和33年(わ)430号 判決

被告人 少年 F(昭一五・一・一一生)

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は昭和三十三年十一月十九日午後五時四十分頃下関市○○町○○会館裏側空地において○田○(当二十二年)から態度が生意気だと因縁をつけられて立腹し同人と喧嘩となり格闘の際その近傍にあつた手鈎で同人の頭部を一回強打し因て同人に対し頭蓋骨開放骨折を負わせこれにより同人をして同月二十一日午後八時四十五分同市○○○町○○○○病院において死亡するに至らしめたものである。」というのである。

そして被告人が、公訴事実の日時・場所において、○田○から態度が生意気だと因縁をつけられてハンマーをもつて殴打され、これに対して被告人がその附近にあつた手鈎で同人の頭部を一回強打し、よつて同人に対し公訴事実のとおりの傷害を負わせ、よつて同人をして公訴事実の日時・場所において死亡するに至らしめた事実は、第一回公判調書中被告人の供述記載・被告人の検察官及び司法警察員(昭和三十三年十一月二十六日附)に対する各供述調書・第三回公判調書中証人○藤○及び同○原○明の各供述記載・蒲原繁親作成の死亡診断書及び鑑定書によつて認めることができる。

被告人及び弁護人等は、被告人の本件行為は、○田○及び○原○明の急迫不正の侵害に対し、自己の身体・生命を防衛するため己むことを得ざるに出でた正当防衛行為であると主張するに対し、検察官は、被告人の本件行為は、○田等の急迫不正の侵害に対する自己の身体・生命を防衛するため己むを得ざるに出でたものではないから正当防衛ないし過剰防衛にはならないと論断するので、その当否を審按するに、前掲各証拠に、当裁判所の検証調書・当裁判所の証人○藤○及び同○原○明に対する各尋問調書・第三回公判調書中証人○浦○美の供述記載・証人○野○秋及び同○谷○義の当公廷における各供述を加えて綜合すれば、

〈1〉  本件当時、下関市○○町の○○座建築工事場において、被告人は左官見習として、○田は大工としてそれぞれ働いていたものであるが、被告人が同僚の○浦○美と一緒に、本件当日の正午過頃、○○座建築工事場の出入口附近において弁当を食べていたところ、○田が同僚の○原○明と一緒に、其処を通りかかり、被告人に対して何度も繰返し執拗に、「飯はうまいか。」と聞いたことから被告人と○田と口論になつたが、被告人の親方である○藤○の制止によつて、一旦その場はおさまつたこと。

〈2〉  ところが、午後五時頃、○田から被告人に対して人を通じ、話があるから仕事が終つたら残つておるようにという申入れがあつたがこのことを聞知した○藤が、昼食時の件もあるので万一喧嘩になつてはいけないと思い、被告人を含む左官全員に対して、今日は自分と一緒に帰るように申伝えたので、仕事が終ると、被告人も帰えろうとして、他の左官達六、七名と一緒に本件現場である自転車置場にきたこと、

〈3〉  そして、被告人も他の左官達と一緒に、自転車に乗つて帰りかけたとき、被告人の帰りを待ち伏せていた○田と○原の二人が、被告人の前にやつてきて、○田が被告人に対して喧曄腰で、「お前話があるから残れ。」と言つたが、被告人は○藤から喧嘩を止められていたので、「話があるならこの工事が済んでからにしよう。」と返事したところ、○田は、「お前は生意気だ。」と言いながら、いきなり持つていたハンマー(直径一寸二、三分位)で、被告人の右膝下右肩等を殴りつけたこと、被告人は、昼食時の件以来の○田の執拗な態度に腹が立つていた矢先でもあり、これはいかんと思い○田に組みついたこと、両者が一旦離れた際、なお○田はハンマーをもつて被告人の頭部を殴りつけ、更には○原も側にあつたスコップをもつて殴りかかつてきたこと、この間被告人は、○田からハンマーによつて治療約二週間を要する頭頂部、左側頭部挫創、右背、右下腿等打撲傷をうけたこと、

〈4〉  ここに至つて、被告人は、身の安全を守るためには、自らも何か得物をもつて立ち向うも已むなしと考え、腰をかがめて○田の攻撃を防ぎながら、地面を手探りしているうち、附近にあつた手鈎に触れたので、とつさにその手鈎をもつて○田の頭部を殴り返したこと

が認められる。

以上の各認定事実に基き、○田・○原の行為及び被告人の一連の行為を全体的に検討してみると、○田・○原の行為は、被告人に対して因縁をつけ、喧嘩を挑んできたものであり、しかも被告人において、その喧嘩に応じる気配も気持もなかつたのに、いきなりハンマー・スコップをもつて殴りつけてきた一方的攻撃行為であつて、被告人の身体・生命に対する急迫不正の侵害であること明らかであり、これに対応してとつた被告人の行為は、一面において立腹・昂奮の余りに出た点があるとしても、同僚が制止にはいるまでの一瞬の間のものであり、○田の一撃をうけて組みついていつたのは、離れていては更に繰り返し殴られる危険があつたので、それを防ぐためであつたともみられ直ちに喧嘩に応じたものとはいえないこと等、諸般の事情から考慮すれば、自己の身体・生命を防衛するため、まことに止むを得ずしてなされた必要にしてかつ相当な行為であるといわねばならない。

よつて、被告人の本件行為は、正に刑法第三十六条第一項に該当し、罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三百三十六条前段を適用して、被告人に対し無罪を言い渡すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋文恵 生田謙二 永松昭次郎)

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